松本死刑囚の指示

松本死刑囚の指示 2004.2.24確定東京地裁判決(判例タイムズ1151号138頁~251頁)から

① 田口事件、1989.2上旬、における指示・言葉

・「まずいとは思わないか。田口は真島のことを知っているからな。このまま、わしを殺すことになったらとしたら、大変なことになる。もう一度、おまえたちが見にいって、わしを殺すという意思が変わらなかったり、オウムから逃げようという考えが変わらないならばポアするしかないな。」・「ロープで一気に絞めろ。その後は護摩壇で燃やせ。」・「早く燃やす方法はないのか。」・「骨がなくなるまで粉々にできないのか。」・「真理を障害するものを取り除かないと真理はすたれるが、その障害を取り除くと悪業は殺生となる。私は、救済の道を歩いている。多くの人の救済のために、悪業を積むことによって地獄に至っても本望である。」


② 坂本一家殺人事件、1989.11.4、における指示・言葉

・「もう今の世の中は汚れきっておる。もうヴァジラヤーナを取り入れていくしかないんだから、お前たちも覚悟しろよ。」 ・「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う。」 ・「そうか、分かったか。ほかの手段を使わなくて済んだな。よしこれで決まりだ。変装していくしかないな。」 ・「じゃ、入ればいいじゃないか。家族も一緒にやるしかないだろう。」 ・「人数的にもそんなに多くはいないだろうし、大きな大人はそんなにいないだろうから、おまえたちの今の人数でいけるだろう。今でなくても、遅い方がいいだろう。」 ・「指示をしたわしも同じ罪だな。3人殺せば死刑だな。」 ・「一家3人が突然いなくなっても、家出したか蒸発したかと普通思われるだろう。そんなに問題にならないだろう。」

 

③ サリンプラント事件、1993.11から、における指示・言葉

・「4月25日までに完成させろ。グルの絶対命令だ。必ず完成しろ。そうしないとおまえは無間地獄行きだ。」・「もうプラントをやめるか。私はシヴァ大神の意思、真理に背くことは嫌だ。このまま続けないとおまえは後で絶対後悔するぞ。大丈夫だから。」・「これから第7サティアンでプラントのオペレーターをやってもらうが、そのボタン操作を誤ると富士山麓が

壊滅する。このワークを40日間ずっと第7サティアン内に詰め込んで作業をやる。これは死を見つめる修行だ。全員菩長にする。」

 

④ 滝本サリン事件、1994.5.9、における指示・言葉

・「滝本の車に魔法を使う。」・「よし、そこでいい。」・「おまえらは、裏の駐車場に停めろ。裏の駐車場から歩いていって滝本の車に掛ければいい。掛けた人を後で回収しろ。」・「某女にやらせる。B型女性はいったんやると決めたらためらわないから。わしの方から某女に話しておく。」・「裁判所にふさわしい服を着せろ。お布施のものがあるだろう。倉庫のかぎを開けてそこから借りればいい。マスクとサングラスを掛けさせろ。化粧もさせろ。」・「教団にお布施された車の中でまだ名義変更のされていないものを使え。ナンバーは不自然ではない近県のナンバーを用意しろ。」・「サマナを無理やり下向させている滝本という弁護士がいる。明日もその関係で甲府で裁判がある。滝本に魔法を使う。君にはアパーヤージャハ(青山)の車を運転してもらう。詳しいことはジーヴァカ(遠藤)たちに聞いてくれ。」・「やってほしい仕事があるんだが、やる気はあるか。」・「ちょっと危険なワークだけれども、できるかな。ある人物をポアしようと思うんだよ。」・「ちょっと危険なワークだ。」・「結果が出なかったな。」

 

⑤ 松本サリン事件、1994.6.27、における指示・言葉 

・「この松本支部道場は、初めはこの道場の約3倍ぐらいの大きさの道場ができる予定であった。しかし、地主、それから絡んだ不動産会社、そして裁判所、これらが一蓮托生となり、平気でうそをつき、そしてそれによって今の道場の大きさとなった。…この社会的な圧力というものは、修行者の目から見ると、大変ありがたい…しかし、…これがもし逆にその圧力を加えている側から見た場合、どのような現象になるのかを考えると、私は恐怖のために身のすくむ思いである。」・「オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて、サリンが実際に効くかどうかやってみろ。」・「警察等の排除はミラレパに任せる。武道にたけたウパーリ、シーハ、ガフヴァの3人を使え。」・「後はおまえたちに任せる。」・『オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいてサリンの効果を試してみろ。』・『警察が来たら排除すればいいじゃないか。』・『ウパーリ、シーハ、ガフヴァを使えばいい。』・『あとはおまえたちに任せる。』・『ご苦労。』・『だれが運転したんだ。』・『だれがシーハに運転させたんだ。』・『どうしてシーハなんかに運転させるんだ、しょうがないな。』・『ガンポパと東京にでも行って、同じところをぶつけて事故証明をもらって、返せ。』・『まだ原因がわからないみたいだな。うまくいったみたいだな。』

 

⑥ 小銃製造等事件、1994.6下旬から、における指示・言葉

・「カッコ書き」での記載はない

 

⑦ 落田事件、1994.1.30 における指示・言葉

・「今から処刑を行う。」・「これからポアを行うがどうだ。」・「その前にYと話がしたいから。」・「なんでこんなことをしたんだ。」・「なんで落田がこういうことをしたか分かるか。」・「落田は、教団にいるときに、母親にイニシエーションだと偽って性的関係を持ったり、精液を飲まそうとしていたんだ。それで教団が落田と母親を引き離したが、落田はそれを不服に思って、母親を連れ出して母親と結婚しようともくろんでたんだ。もし、おまえや私がその結婚を止めるようなことがあったら、落田はおまえや私を殺すつもりでいたんだ。だから、落田の言った母親の状態というのは全く嘘っぱちなんだ。」・「おまえは、落田のそういう思惑があるのも知らないで、落田にだまされて、ここに来て真理に対して反逆するという、ものすごい悪業を犯した。ぬぐうことができないほどの重いカルマを積んでいる。間違いなく地獄に落ちるぞ。おまえは帰してやるから安心しろ。ただし条件がある。それはおまえが落田を殺すことだ。それができなければおまえもここで殺す。」・「ナイフで心臓を一突きにしろ。」・「私がうそをついたことがあるか。」・「それは構わない。ただし、自分でやれ。」・「だれか目隠しするものを持ってきてくれ。」・「それならば落田に対しても、催涙スプレーを使わないとまずいな。」・「なんで窓を開けるんだ。閉めろ。」・「これからは、また、入信して、週1回は必ず道場に来い。おまえが今回積んだカルマはちょっとやそっとでは落とすことができないカルマだから、一生懸命修行しなさい。」・「おまえはこのことは知らない。」・「素手で落田の首を絞めれば帰してやる。」・「これからは、また、入信して週1回は必ず道場に来い。一生懸命修行しなさい。」

 

⑧ 冨田事件、1994.7.10、における指示・言葉

・「ガンポパの状態が悪い。」・「今、どういう状況だ。」・「ガンポパにやらせればいい。」・「ガンポパにやらせればいい。」・「ああそうか。何でロープを使ったんだ。」・「ガンポパの状態が悪い。」・「今、どういう状況だ。」・「ガンポパにやらせればいい。」・「ガンポパにやらせればいい。」・「ああそうか。何でロープを使ったんだ」

 

⑨ 水野VX事件、1994.12.2 における指示・言葉

・「滝本の乗っている車にVXを付けてこい。VXは土谷から受け取れ。」・「水野は悪業を積んでいる。N女の布施の返還請求は、すべて水野が陰で入れ知恵をしている。水野にVXを掛けてポアしろ。そうすれば、N女親子は目覚めてオウムに戻ってくるだろう。これはVXの実験でもある。水野にVXを掛けて確かめろ。」・「よくやった。」・「この毒液はVXという最新の化学兵器だ。こういうことはガルが適任だな。今日からガルは菩師だ。」・「新しいVXができた。これで水野をポアしろ。今度は大丈夫だろう。」・「それでいいんじゃないか。」

 

⑩ 浜口VX事件、1994.12.12 における指示・言葉

・「某男は悪業を積んでいる。某男は女性信徒に性的強要を謀ったり、教団分裂を謀った。某男を操っているのは、大阪の柔道家でヴァジラクマーラの会に参加したことのある浜口という者だ。法皇官房で調査したんだが、浜口が公安のスパイであることは間違いない。VXを一滴浜口にたらしてポアしろ。」

 

⑪ 永岡VX事件、1995.1.4 における指示・言葉

・「どんな方法でもいいから永岡にVXを掛けろ。幾らお金を使ってもいい。VXを掛けるためにはマンションを借りてもいい。息子の辰哉の方が行動力があるから、永岡ができなければ辰哉でもいい。井上としっかり打合せをするように。」・「100人くらい変死すれば教団を非難する人がいなくなるだろう。1週間に1人ぐらいはノルマにしよう。」・「治療が必要ならAHIを使えばいい。東京だから、AHIが近いからAHIを使えばいい。」・「おまえは医者だから、人を潜在的に助けようと思っているから、ポアが成功しないで人を助けてしまう。だから現場に行くな。」

 

⑫假谷事件、1995.2.28 における指示・言葉  

・「おまえがたるんでいるからこんなことになるんじゃないか。東信徒庁の活動も落ちているじゃないか。」・「そんなに悪業を積んでいるんだったらポアするしかないんじゃないか。」・「じゃ、おまえたちの言うようにらちするしかないんじゃないか。」・「ほかしておこうか。」・「なぜ、無理してやったんだ。警察が動いてるじゃないか。レーザーを使わなかったんだろう。」・「谷事件おまえたちでやるしかないんじゃないか。」

・「ほかしておこうか。」

 

⑬ 地下鉄サリン事件、1995.3.20 における指示・言葉

・「エックス・デーが来るみたいだぞ。」「なあ、アパーヤージャハ、さっきマスコミの動きが波野村の強制捜査のときと一緒だって言ったよな。」・「それはパニックになるかもしれないなあ。」・「サリン造れるか。」・「ジーヴァカ、サリン造れよ。」・「まだ、やっていないんだろう。」・「おまえら、やる気ないみたいだから、今回はやめにしようか。」・「じゃ、おまえたちに任せる。」・「ジーヴァカ、いいよ、それで。それ以上やらなくていいから。」・「何でおまえは勝手に動くんだ。」

 

確定地裁判決文中、地下鉄サリン事件につき、

弁護団の「弟子の暴走」論を否定している下りは、下記

3(1) 弁護人は,地下鉄サリン事件は,教団に対する強制捜査が迫ったことに危機感を抱いた村井及び井上が,被告人を差し置いて,計画し実行役に実行させたものであり,被告人が,村井,井上及び遠藤らに対し,地下鉄電車内にサリンを散布するよう指示したことはないと主張する。

(2) 井上は,①被告人の指示により井上が地下鉄霞ヶ関駅構内にボツリヌストキシン様の液体を噴霧したこと,②被告人が食事会の際教団施設に対する強制捜査について話していた内容,③リムジン内における地下鉄サリン事件に関する被告人らの会話の内容,④村井及び井上が運転手役の人選や実行役との組合せについて被告人に指示を仰ぎにいった際の被告人と村井及び井上の話の内容,⑤井上が平成7年3月20日午前2時ころ上九一色村の教団施設に戻った際の被告人と村井及び井上の話の内容や,被告人がサリンを修法した際の状況について,前記犯行に至る経緯に係る事実に沿う証言をし,遠藤は,⑥リムジン内での被告人と遠藤の会話の内容,⑦同月18日午後11時ころ被告人が遠藤に話した内容,⑧同月19日正午前ころ被告人や村井が遠藤に話した内容,⑨同月19日午後10時30分ころの被告人と遠藤との会話の内容について,前記犯行に至る経緯に係る事実に沿う証言をしているが,井上及び遠藤の各証言の信用性は優にこれを認めることができる。その理由は次のとおりである。

(2) これまでみてきたとおり,被告人は,国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきたものであるが,このような被告人が最も恐れるのは,教団の武装化が完成する前に,教団施設に対する強制捜査が行われることであり,平成7年に入り,上九一色村の土壌からサリンの残留物が検出された旨の新聞報道がされ,さらに,被告人が井上らに実行させた假谷らち事件がその事件直後から教団の犯行と疑われ,同事件に使用された車両から事件関係者のものとみられる指紋も検出された旨の新聞報道がされるに至っては,現実味を増した教団施設に対する大規模な強制捜査を阻止することが教団を存続発展させ,被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認されるのであって,阪神大震災が発生したため間近と思われた教団施設に対する強制捜査が立ち消えになった旨認識し,かつ,東京にサリン70tを散布することまでも考えこれまでも松本サリン事件等の実行を指示してきた被告人が,阪神大震災に匹敵する大惨事を人為的に引き起こすことをもくろむことなく,教団に対する世間の同情を引くためだけの自作自演事件だけを井上らに指示するということは考え難い。また,教団施設でサリンの生成に取り掛かった後に強制捜査があった場合,あるいは,地下鉄サリン事件が失敗しそれが教団による犯行であることが発覚した場合には教団は多大な打撃を受けるに至るのであり,そのような教団の存続にかかわる重大な事柄について,被告人の弟子である村井や井上らが,グルである被告人に無断で事を進めることもまた考えられない。その意味で,上記井上証言及び遠藤証言は,このような当時の被告人を取り巻く教団における内部事情をよく説明し得ている上,犯行に至る経緯として述べるところは自然であり,のみならず,相互に符合し,互いにその信用性を補強し合っている。また,上記井上証言及び遠藤証言は,地下鉄サリン事件の犯行後,実行役5名と運転手役2名が被告人に同犯行について報告した際の,被告人と実行役及び運転手役との会話の内容ともよく整合している。

 

 

訴訟能力について (判例タイムズ1232号134頁~190頁)から。

最高裁の判示 第三小法廷2006.9.15日決定

主   文

本件抗告を棄却する。

理   由

本件抗告の趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でないか,実質において単なる法令違反の主張であり,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。

なお,本案記録を含む関係記録(以下「本件記録」という。)を精査しても,刑訴法411条を準用すべき事由は見当たらない。

所論にかんがみ職権で判断する。

まず,所論は,申立人の訴訟能力を肯定した原々審及び原審の判断を論難する。

しかし,原々審が選任した鑑定人及び検察官が依頼した医師は,いずれも申立人を直接触診等した際に申立人が意図的とみられる反応等を示したことを確認した上,その鑑定書及び意見書において,医学的見地から,申立人の訴訟能力を肯定しているものであって,その記載内容自体及び本件記録から認められる諸事実,すなわち,申立人の本案事件第1審公判当時の発言内容,判決宣告当日の拘置所に戻ってからの言動,その後の拘置所内での動静,原々審の裁判官が直接申立人に面会した際の申立人の様子,申立人に対する頭部CT検査,MRI検査及び脳波検査において異常が見られないことなどの諸事実に徴すれば,上記鑑定書及び意見書の信用性はこれを肯認するに十分であり,これとその余の諸事実を総合して申立人の訴訟能力を肯定した原々決定を是認した原審の判断は,正当として是認することができる。

次に,所論は,控訴趣意書の提出が平成18年3月28日になったことについては,刑訴規則238条にいう「やむを得ない事情」があると主張する。しかし,控訴趣意書の提出期限は平成17年8月31日であり,同期限が延長された事実はないばかりか,同日の裁判所と弁護人との打合せの席上,弁護人は,控訴趣意書は作成したと明言しながら,原々審の再三にわたる同趣意書の提出勧告に対し,裁判所が行おうとしている精神鑑定の方法に問題があるなどとして同趣意書を提出しなかったものであり,同趣意書の提出の遅延について,同条にいう「やむを得ない事情」があるとは到底認められない。弁護人が申立人と意思疎通ができなかったことは、本件においては,同趣意書の提出の遅延を正当化する理由とはなり得ない。

さらに,所論は,弁護人の行為の結果として申立人の裁判を受ける権利を奪うことになるのは不当である旨主張する。しかし,私選弁護人の行為による効果が,被告人の不利益となる場合であっても被告人に及ぶことは法規の定めるところであり,本件において弁護人が控訴趣意書を期限までに提出しなかった効果は,当然に申立人に及ぶものである。また,これを実質的にみても,申立人は,自ら弁護人と意思疎通を図ろうとせず,それがこのような事態に至った大きな原因になったといえるのであり,その責任は弁護人のみならず申立人にもあるというべきである。

その他,本件記録を調査しても,原々決定を維持した原判断を揺るがし得るような事情を見いだすことはできない。

よって,刑訴法434条,426条1項により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

 

高裁の異議審中、訴訟能力に関する点

東京高裁2006.3.27決定、同1996.5.29異議審決定のうち、異議審決定の抄本

〔1〕関係証拠によれば,

ア 被告人は,原審で審理が開始された当初の段階において相当高度の防御能力を有していたこと,

イ ところが,証人Cの地下鉄サリン事件に関する主尋問の結果,教祖である被告人を頂点とするオウム真理教団の組織的な犯行が系統的かつ広汎に明かされ,弁護人による反対尋問でさらに事実が明るみに出て痛手を負うことになりかねないと危惧した被告人が,原審第13回公判において,Cに対する反対尋問をすることに反対したにもかかわらず,弁護人が反対尋問を行ってその危惧が現実のものとなったため,被告人は,弁護人に対する怒り,不信,失望の感情を抱き,その直後からCに対する地下鉄サリン事件に関する尋問が一応終了した原審第22回公判直後までの間,弁護人との接見をほとんど拒否し続けたが,その間の心情はよく理解できること,

ウ その後,被告人は,弁護人との信頼関係をもう一度構築しようとする気持ちが芽生えたのか,暫くは弁護人との接見に応じ,会話を交わしたものの,原審第30回公判後の接見の際,保釈は無理であるなどと聞かされて,無罪願望を抱いていた被告人は弁護人に再び絶望し,その後は弁護人との接見を拒否するか,接見しても弁護人と意思の疎通を図らないという態度に終始したが,その心情も十分理解が可能であること,

エ 被告人は,原審第34回公判における公判手続更新の際,各公訴事実について英語を交じえながら意見陳述をしたが,17件の事件のうち地下鉄サリン事件をはじめ16件について無罪を主張し,有罪を認めた1件についても殺人未遂ではなく,傷害であると主張したこと,

オ さらに,被告人は,原審第62回公判において,訴因変更に伴う意見陳述の機会に,17事件すべてについて無罪を主張したこと,

カ また,被告人は,自身の第41回公判から第219回公判の前後にかけて行われた被告人の弟子らの公判において証人として召喚された際,活発に口を開き,ときには長時間にわたって事実関係や教義等について語っており,弟子らの弁護人の尋問に対しては,その利害得失を計算してすばやく返答内容を考えるだけの高い判断能力とそれにしたがって行動する能力が保たれていたこと

キ 被告人は,原審審理の最終段階である第251回から第253回の3回にわたる被告人質問の際黙秘したが,その際の反応ぶりからみて,被告人は,質問の内容が分かっていながら,答えないだけであることが見て取れるのであり,原審弁護人らも被告人の訴訟能力を疑った形跡がないこと,が明らかであり,原審の審理中,被告人が十分な防御能力,訴訟能力を有していたことを優に認めることができる。

〔2〕また,被告事件が控訴審に係属した後の状況を関係証拠によって検討しても,被告人の拘置所での日常生活における起居振る舞い等は,原審公判の終盤のころのそれと基本的に変わるところはないと認められるのであって,被告人が原判決宣告の時点で有していた訴訟能力を失うに至ったという疑いは生じない。

〔3〕所論は,弁護人提出にかかる6名の医師による各意見書によれば,いずれも被告人に訴訟能力がないという点で一致しているから,被告人の訴訟能力を認めた原決定は不当である,というのである。なるほど,弁護人提出にかかる6名の医師による各意見書は,いずれも結論として被告人の訴訟能力を否定するものである。しかしながら,その内容をみると,脳器質性疾患の可能性を指摘するもの,拘禁精神病であるとするものなど多様である。しかし,脳器質性疾患の可能性や拘禁精神病であるとの所見は,鑑定人はもとより意見書を提出した医師の多数も否定しているところであって,採用することはできない。そうして,鑑定人をはじめ,弁護人提出にかかる医師による意見書の多くは,被告人の現在の症状は拘禁反応であるとしており,その理由も一応肯けるものであるほか,原決定も指摘するように,原審審理の半ば過ぎから,被告人が居眠りを繰り返すなどし,痴呆のような態度を示していたことは,自ら装っていたという側面もある一方,東京拘置所での日常生活の様子等にもかんがみると,精神活動の低下もきたしていることを示しているのではないかと思われることに照らすと,被告人の現在の症状は拘禁反応であるとみてよいと思われる。しかしながら,弁護人提出にかかる医師による各意見書の間でも,被告人が昏迷状態であるのかそうでないのかなどについて意見が分かれており,各意見の内容が一致しているなどとはとうていいうことができない。そうすると,所論の結論だけをもって原裁判所の判断が誤りであるということはできない。

〔4〕なお,被告人に訴訟能力があるという結論に達したからといって,被告人の精神状態が完全に正常であることを意味するものではない。鑑定人をはじめ多くの医師が被告人が拘禁反応下にあり,正常であるとはいえないと述べているからである。そうすると,被告人に対しては治療を施すことによって完全に正常な精神状態に戻した上で裁判を行うという選択肢も考えられなくはない。しかしながら,すでにみたように控訴趣意書提出期限は原決定時の約7か月も前に過ぎており,期限の徒過がやむを得ない事情によるものとは認められないのであるから,控訴趣意書提出期限を徒過したことによる控訴の決定棄却は免れようがないのであり,そうすると,被告人に治療を施してみたところで「決定棄却すべきである」という結論に変わりはなく,本件裁判上治療自体にさして意味があるとも思われないところである。

(2)次に,所論は,原決定は,東京拘置所からの報告を判断資料の一つとしているが,報告内容の信用性を担保しうる情況が示されておらず,報告は捏造ないし歪曲であるから,これに基づく判断は不当である,というのであるが,原裁判所は,拘置所に対する照会記録だけでなく,原裁判所裁判官が自ら拘置所に赴いて被告人に手続を説明した際の状況,弁護人と被告人との接見状況,被告人と家族との面会状況等をも子細に検討しているのであり,その判断過程で,拘置所に対する照会記録の内容がそれらによく合致して信用するに足りるものであることをも検討していることが明らかであり,また,拘置所に対する照会記録自体に,その部分だけをみれば被告人の訴訟能力に疑いを生じさせかねないような点も含まれていることを併せ考えると,これが捏造であるとか歪曲であるといった疑いは全くないから,所論は理由がない。

(3)また,所論は,原決定の訴訟能力に関する理解は,独自かつ異様で,最高裁判所第三小法廷平成7年2月28日決定及び最高裁判所第一小法廷平成10年3月12日判決に違反している,というのであるが,原決定は,「訴訟能力とは,『被告人としての重要な利害を弁別し,それに従って相当な防御をすることのできる能力』であると解されるところ(最高裁平成7年2月28日第三小法廷決定・刑集49巻2号481頁参照),仮に被告人が自ら訴訟を追行する能力を欠いている場合であっても,必要的弁護事件においてはもとより,任意的弁護事件においても裁判所が後見的な見地から職権で被告人に弁護人を付することになると考えられるから,弁護人からの適切な援助を受けながら訴訟の追行に当たることが可能である限り,被告人の訴訟能力は保たれているものということができる」としているのであって,そこには何らの判例違反もなく,所論は,帰するところ,被告人の訴訟能力を認めた原裁判所の判断を論難するにすぎないから,理由がない。

(4)さらに,所論は,弁護人が主張したD医師の鑑定人尋問や再鑑定を実施しなかった原裁判所の訴訟指揮は憲法31条,刑訴法1条に違反する,というのであるが,原裁判所は,本件が一審で死刑を言い渡された重大案件であることにも思いを致し,慎重を期する意味で,刑訴法43条3項に基づく事実取調べとして,鑑定の形式により精神医学の専門家から被告人の現在の精神状態についての意見を徴したのであり,再鑑定を実施しなかった点はもとより,鑑定人に対する尋問を行わなかった原裁判所の措置がその裁量の範囲を逸脱して違憲,違法であるとは認められないから,所論は理由がない。

 

抄本作成  滝本太郎